根拠のない自信が救う自己肯定感

人間誰しも大きい小さいの違いはあれど困難を突破したり結果を出すため全力を尽くす、という経験があるのではないかと思う。

きっとこのブログを読んでくれている人は努力をして困難を突破する機会が多々ある人ばかりではないだろうか。

 

医学部に入って、自分の思っていた限界をかなり上回って要求される事が多く、結果としてキャパが鍛えられたような気はしている。来週までに全身の骨と筋肉の名前覚えてきてね、もちろん日本語と英語どちらも!など、以前の自分だったらそんなの無理だよって挑戦すらしなかった事も為せば成る精神で幾度も突破してきた。

そんな試験漬けの日々を送るうちに仮定から確信に変わった理論の1つに試験勉強する際の心の持ちようが結果に大きく影響するというものがある。

よくよく考えてみなくても当たり前のことなのかもしれない、一流のアスリートが0.1秒の世界で闘う際に「もしもダメだったらどうしよう」と考えながら世界の強豪たちと戦って勝てるのかと考えれば容易く想像できる。きっと金メダルを絶対に取ってやる、取れる!と信じなければいい結果を出すのはかなり難しいだろう。

 

再試験を受験してまでただでさえ少ない自由時間を潰そうという勉強大好き人間ではなかったので本試験で終わらせたい。

絶対にやり遂げられる!という精神状態で挑めるよう準備する事が最大の試験対策だと思っている。

 

ただ何事も万全の対策、準備というのはなかなかに難しい。限られた準備時間の中でやるだけの事をやった(完璧ではないが)という状況で戦わなければならない試験ばかりだった、実際には。

なので直前に弱気になってしまわないよう「頑張ったのだからきっと大丈夫!」という十分条件には程遠い根拠のない自信でブーストをかけていた。

 

目標達成のために頑張ろう!→頑張ったけど不安だな、試験大丈夫かな→いや、こんなにやったんだ、大丈夫に違いない

前回、失敗した際に原因を考察した際危機意識の欠如となると書いたのはこの思考回路が原因である。

上の思考回路で頑張り方を除外すると反省する点は唯一こんなにやったと思い込んでいるという事だけになるから。

この回路自体間違ってないしきっとこれに頼っている人も多いと思う。

成功体験が積み重なっていくとこの思考回路がかなりの効力を発揮する。

この前も大丈夫だったんだ、今回もきっと大丈夫!こんな感じで。

 

絶好調だった高校時代まで自分がまさにこの状況だったからよくわかる。成功が成功を呼ぶ。まさに成功の連鎖である。

 

自己肯定感も右肩上がりで無敵状態。性格はちょっと悪くなる恐れあるが学力はかなり伸びる好条件である。

 

逆にこの思考回路で失敗が続くとどうなるのか。。

 

不安を打ち消すのも一苦労するほど不安が増大するのはもちろん、自分が本当に努力したのか、勉強できていたのかというところも疑い始め信用できなくなって、、、負の連鎖の始まりである。

ここ数年その状況だった、全く自己肯定感もなく、気晴らしをすると一時は楽しいがあとで罪悪感を運んでくるので気晴らしするのも億劫だった。

 

そんな中、最後のチャンスをもらった自分が何を考え何をやったのか書いてみようと思う